陽射しだけは温かく、空気の冷たい昼下がり。は肩を障子に預けて、縁側でぼんやりと空を眺めていた。 何をする気にもなれず、ただぼんやりとだけしていた。 「お邪魔いたします」 聞き知った声が、襖の向こうからした。どうぞと、力なく答えたままは座り直すこともせず客人を迎えた。 「先日は政宗様が詰まらぬことを申したとお聞きいたしまして、某から申し開きを」 几帳面で実直な男の声が、意識の遠くへ追いやろうとしていた人の匂いを強く意識させる。 はけだるいまま溜め息気をついて、どうにかその匂いを遠ざけようと庭へ降りた。 「大丈夫よ小十郎。政宗様が死者を貶めるよなことされる方ではないことも、そんな埒もないことをされるはずがないことぐらい、わたくしにも分かっています」 花の色が褪せて見える。今が盛りのはずの萩も菖蒲も、紅葉でさえ枯れ草の色をしての瞳に映る。 「ただ、そんな詰まらない嘘をつかれるほどわたくしは嫌われているのですね」 「そのようなことは」 今回はさすがにも堪えているのだろう。 透けるような白い肌が、青く死人のように生気を失っていた。 「憎いと言われました」 思わず小十郎は下げていた面を上げた。そこには緩く笑う女性の顔があるばかりだった。 の夫をわざと前線にやったと、わざと死地に送ったのだと、そう言った後の心臓を握り潰したのは政宗だと彼女は言った。 「もう、二度とここへは帰ってこないつもりでしたのに。もう、あのように睨まれるのが耐えられなくてやっと逃げられたと思いましたのに」 か細い声が懸命に震えを押し殺していて、遅まきに小十郎は来るべきではなかったことを悟った。 「申し訳ありません。出過ぎた真似を、致しました……」 慰めることも出来ない。 涙を拭うことも、何一つ小十郎には。 「いいのよ小十郎。あなたと話せて少し気が晴れました。そろそろ、ぐずぐずしていることも止めなければと思っていたの」 明るく笑う笑顔が少女の頃のそれで、小十郎は懐かしくなったのと同時に流れた時間の長さを実感した。 「それにね、小十郎。私は政宗様のこと誤解してないし、立派な若殿だってお慕いもしているわ。だからね、小十郎」 さわさわと秋風が、何かをさらって行く。それは熱を、落ちた葉を、思いを、砂塵を、一緒くたに運び去っていく。 の目は遠くを見ていて、終わらせようとしていることを小十郎は知った。 「もうここには来なくていいわ。私も、もうあなたに会いに行かない。忘れて。私も忘れるから」 「政宗様とは、もうお会いにならないということですか」 子供の謎かけよりも簡単なそれに小十郎が気づかないはずはない。 しかし彼女は小首を傾げて、心底分からないというように不思議そうな顔をした。 「おかしいいわよ小十郎。一家臣の娘が、どうして政宗様にお会いできるの?矛盾してるわ」 今までの方がおかしかったのだとは言う。 は冷静だった。もう震えも、涙の気配も消えていた。 「あの方は、そこが毒の海だとお分かりでもたゆたっておられるんです」 よく的をついていると、小十郎は奇妙に感心した。 「わたくしには理解出来かねます」 「政宗様はお戯れが過ぎたんでしょうか?」 擦れた声で小十郎は尋ねた。 「わたくしがどうして、こんなにも気が抜けてしまっていたのかあなたご存知?」 それはとても魅力的な笑顔で、小十郎は思わず見入っていた。 「あの人が亡くなってしまったことよりも、あの方に憎いと言われことが辛かったからなのよ。我が事ながら愚かだわ」 自嘲的に笑って、は薄を手折った。紅葉がはらはらと舞う。それは泣かない彼女の涙の代わりだろうか。 その率直さが、彼女の中で終わったことを語っていた。
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