葬儀を終えた夜。
は眠ることが出来ず、庭でぼんやりと月を眺めていた。
は魂が抜け落ちたようにぼんやりとして、はらはらと涙がだけがこぼれた。
幸せが手からこぼれ落ちていく。 どうしていつもこうなのだろうか。 多くを望んだことも、これ以上を求めたことなどない。 あの人が帰ってくるのをずっと待っていたのに。 奥州の秋は短く、あっという間に冬が秋を飲み込んでいく。 今夜が秋の最後だだろう。 肌寒い風が、またを震わせた。 「しけたツラしてやがるな」 思いもよらない声が夜空の下に響いた。 は涙を拭うこともせず振り向いた。 「政宗、さま……」 は呆然として呟いた。 いるはずのない人が、の前に立っていた。 「不細工だぜ、誰と話してるつもりだ?」 容赦のない言葉がを刺す。 袖で涙を拭いながら、は力なく頭を下げた。 「このような夜更けに、御用でございますか」 「お前がとうとう狂ったって聞いたからな、冷やかしに来た」 目の前の政宗はそれはそれは楽しそうで、は自分のことでなければこれほど殿の心を愉しませるに感嘆しただろう。しかし今はそんな呑気な気分ではない。 どうしてこういうときぐらい放っておいてくれないのだろうか。 頭痛がする。それでも笑ってみせたのはのせめてもの意地だった。 「残念ながらこのように正気でございます。お早くお帰りくださいませ。愛姫様がお待ちでございましょう?」 瞬間、政宗様は鼻白んだ。 気に障ることを言ったのかもしれないが、今のにそれを思いやる余裕はない。 虫の音が止む。草木も眠り、人間が起きていてよい時間ではなくなる。 そこで初めて、はこうして政宗と二人きりで会うのは初めて言葉を交わしたあの九歳の頃以来だと不意に思い至った。 「もしもの話だぜ?」 それはとても神妙な声で、は何を言われるのかと訝った。 「もし俺が、あいつを一番危険な前線にわざと配置したんだとしたらどうする?」 この方はきっと見逃さない。唐突に思った。 が弱り完全に叩きのめせるこの瞬間がやってくるならば、十年だって待ち続けたに違いない。 この年がちょうど十年目だ。この瞬間を見逃すはずはない。 もう、どうしてこれほどまで目の敵にされるのか、そんなことはどうでもよかった。 血が沸騰する。血の気が引く。 二の句が継げずは浅い呼吸を繰り返す。 「そんな怖い顔すんなよ。もしもの話だぜ?」 手が出なかったのは、かろうじてこの人は君主だと理性が残っていたからだ。 頭の芯がおかしいぐらいに熱い。 狂いそうだ。 「そんなにもわたくしがお嫌いですか」 そのとき。政宗様は確かに舌なめずりをした。 まるで待っていたかのように、とびっきりのご馳走が目の前にあるかのように。 きっと戦場ではこんな風に愉悦の笑みを浮かべるに違いない。 「違うな」 爛々を光る目が楽しげに揺れる。 食い千切られると直感した。 「憎いんだよ」 政宗様は羽織をはためかせながらの肩をすり抜ける。 ぞっとする色気が含まれたその一言はの息の根を止めた。 きっとこの方が誰かの息を奪うために、刀など必要としない。 言葉一つでこんなにも――。 どうして今日はこんなにも冴えた月の日なのだろう。染みた胸にはそんなことしか浮かばない。 「は、ははは」 頬を伝う冷たさが何のかには分からなかった。
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(2007/09/09) |