「先ほど、門の前で政宗様にお会いいたしました」

茶道の稽古を一区切りして、休憩をしましょうかと言う喜多にはほっと正座を崩しながら言った。

「お変りないようですね」
「まだ意地悪をおっしゃるのかしら」

喜多は見透かしてころころと笑い、愚痴を言ったようでは恥ずかしくなった。

「恥じ入ることはありませんよ。あの方はいつまでも子供で」

喜多は我が子のことのように、政宗を思って目を細める。 は久方ぶりに会った政宗が以前にも増して精悍になっていたことに驚いた。 度重なる戦勝が彼の人を大きくしていく。 それに引き換えは結婚さえままならず、女の身では伊達家に貢献出来ることも少ない。 惨め、と言ってもい。

様も、ご存知ないだけでご側室候補に挙がってらっしゃるのですよ?」

それは慰めなのか、には侮辱に感じられた。

「笑えない冗談ね喜多」

は茶托に湯呑みを置いて静かに笑った。

「無理よ喜多。無理よ」

障子から差す淡い光が、の髪を濡らした。 本当に、もう無理だった。 これ以上あの方の冷たい視線に晒され続けことに、はもう耐えられそうにはなかった。

言葉以上に毒を含むあの視線。あの方はどうしたいのだろうか。 わたしを殺したいのだろうか。 がそう思っていることを知れば、ひょっとしたらあの方は戯れにを側室の末席に置くことを面白がるかもしれないけれど。

「このまま仏門にでも入りたいわ」

今も昔もの心をざわめかせ、波立たせ、苛立たせ、衝動的にさせるのは、変わらずただ一人だけ。 心が捩れて、嵐が吹き荒れて、もうどうしようもないほどには疲れきっていた 喜多は優しくの肩を抱いて慰めた。


■□■



喜多に弱音を吐いた僅か三日後のこと。の縁談が決まった。 かねてより懸想しておりましたと挨拶に訪れたのは、鬼庭家の譜代家臣家の長男だった。 その青年は鬼庭家では既に頭角を顕し始め、 今後は必ず伊達家を支える逸材となろうと囁かれていることはも噂に聞いていた。

の家との家格からすると青年の家の家格は劣るが、何より笑顔の優しい殿方だとは思った。 の父は家格云々は抜きに、ただの意向を聞いた。 この寛大な父には改めて感謝せずにはいられない。

「お父上にお許し頂けるならば、貰って頂とう存じます」

は泣きながら父に許しを乞うた。 嬉しかったからだ。 適齢期を過ぎてなお欲してくれる殿方がいたことに、これでもうあの方に会わずに済むということに、 あまりの嬉しさには笑いさえこぼれた。

ああ普通じゃないと、は自分の中に鬼がいると恐ろしくなった. はずっと政宗様を恐ろしいと感じていたけれど、本当に恐ろしいのは自身のことだったのではないかと今更ながらに背筋を震わせた。

それからの日々は早かった。 慌しく婚礼の準備が進められ、は杯の酒を夫となった人と飲み交わした。 過ごす日々の中で、必ず愛情を抱ける方だと隣で微笑みかける人には胸が温くなった。 見届けに小十郎が列席してくれていたが、は小十郎に声を掛けることは出来なかった。



そして、幸せな日々は続かない。



結婚から数日、北に急激な動きが認められたのだ。 休戦中の優しい日々はあっという間に破られ、新婚早々の夫も戦場へと駆けていった。


そして。



結婚から僅か一ヶ月後、の夫は戦場で討ち死にした。 首は奪われ、その死に様をは直視出来なかった。 無言で帰宅した冷たい夫には狂乱して泣き叫び、その声は夜闇に吸い込れることなくいつまでも反響していた。