祈るべき神の居場所も知らずただ






それは厳かな、儀式めいた時間だった。 二人だけの、二人だけしか知らない、二人のための、そんな密やかな時間。

「血は必要だろう。人間のものも、ミュウのものも。実際、僕はそうしてここまで来た」

まるで歌でも歌うように、詩でも吟じるようにブルーは言った。 彼の発する言葉の一つ一つが、新たな長としてジョミーが進むべき道を指し示す標だった。 けれどそれを頼りに出来る日は、もう長くはない。 砂時計から砂が落ちていくように確実に、戻ることはない時間が二人の間を流れていく。

「血は流れるだろう。君が望まなくとも、必ず」

若く優しい長を気遣うように、けれど予言めいて長くを生きたもう一人の長は断言する。 凛として、自信にあふれ、力に満ちたその言葉は長が持つべき資質。 皆を迷わせないためには、長は迷ってはいけない。 それはブルーが身を持ってジョミーに教えた、長としてのあるべき姿だ。

「でもジョミー、忘れないで」

まるでそれが伝えられる最後の言葉であるかのように、ブルーは真剣にジョミーの瞳を覗きこむ。

「血でぬめった手では大切なものを取りこぼす」

それは経験なのか、予言なのか、長くを生きた知恵なのか。 恐らくそのすべてであろう、真摯な声。取り込まれそうな赤。世界が反転するかのような錯覚。 ブルーという人は、有無も言わさずジョミーを従わせる強い引力だった。

「僕はこの目を見る度に忘れないように戒めにした」

それは不吉の赤。犠牲を払った証の赤。皆を導いてきた約束の赤。
だから。

「僕は、血に狂ってはいないだろうか?」

ブルーは、同じ場所に立つジョミーに問いかけた。 血で塗れた手で触れたものはすべて赤に染まる。 大切なものも、そうでないものも、そこにある価値の重さに関係なく等しく赤く染め見分けがつかなくなる。
自嘲気味に、ブルーはその片目を手で覆った。 赤を隠したブルーは、まるで陶器のように白かった。 ジョミーは思わずその腕に手を伸ばした。息が詰まった。 腕は温かかった。腕は脈打っていた。確かに目の前のこの人は、生きていた。

「僕は、あなたの赤は生命の色だと思います」

ジョミーは息を吐いて一言一言を大切に、まるでそれが伝えられる最後の言葉のように言った。

「血は犠牲の色だけではなく、身体を巡る命の色です。 あなたはどうか、そのことを忘れないでください」

乞うように、掴んだ手を額にあてジョミーは俯いた。 それは祈るようで、神聖で侵しがたく、ブルーは静かに一つ肯いた。

「どうか、君が大切なものをなくしませんように、」

ソルジャー・シンには、この先溢れんばかりの祝福を。
それは希求の祈り。

「どうか、あなたの心が穏やかでありますように、」

ソルジャー・ブルーには、福音の知らせが訪れることを。
それは愛情の願い。

『どうか』

二つの声が重なって、か細い希望はは尾も引かず宙に霧散した。


2007/10/13