長すぎる愛してる、短すぎる逢瀬





「僕は、ずっとあなたが目覚める日を待っていました」
「うん。知っているよ」

揺れる白銀の髪はいつにも増して優しげで、今目の前にのその人を責めようとしているジョミーの心は怯む。

「でもその日は、僕たちが無事地球に着いて、人間たちと和解して、皆がやっと安らかに暮らせるようになった時だった決めてたんです」
「うん。それはとてもいい考えだね」
「地球の空気に誘われてあなたは目覚めて、よくやったジョミーって、褒めて貰えたらそれだけでよかったんだ」
「うん。僕もそうしたかったよジョミー」

細められた目が慈しむようにジョミーを見る。 その細い首は今にも折れてしまいそうで、あんなにも強靭な力を秘めていた瞳は今にも消えてしまいそうな炎のように揺らいでいた。

「どうして今、目覚めたんですか?」
「君に譲ったとはいえ、僕はやっぱりソルジャーだったからかな?」

とぼけたように言うブルーをジョミーはきつく睨み付けた。 震える声では一つも怖いことはないのだけれど、ブルーは大人しくジョミーに睨まれた。 優しい緑の瞳からは今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうで、ブルーはどうしたらいいのか分からず困った。

「あなたなんかもっと困ればいい」

その気持ちは心を読むまでもなくブルーの表情に表れていたらしい。 ジョミーは俯いて、多分唇を噛んでいるのだろう。 今ブルーの目の前にいるジョミーは、やんちゃで腕白だった14歳の頃の彼に似ていた。 意思がとても強くて、向こう見ずで、優しくて、不安で、頼りなげで、どうしようもないほど少年だった14歳のジョミー。

そんな幼さに彩られながらもその悲しみは失うことの怖さと痛みを知っている大人のそれで、ブルーは苦笑しながら頭を撫でてやった。 300年を生きたブルーには一瞬の15年でも、成長を続ける少年の15年はあまりに大きい。

「君がどれだけ必死にソルジャーをやってくれていたか、今の君を見るだけで分かるよ。大人になったね、ジョミー」

ベッドの上のブルーの手に雫が落ちる。 ぽたぽたぽたと雨のように降り注ぐ悲しみは、ぽたぽたと痛いほど伝わって、ブルーはジョミーを抱き寄せた。

「本当は、何よりも君が大切だったんだ」

その思いのほんの一欠けらしか、腕の中の少年には伝えてこなかったのはブルーだ。

「どうして今更僕に触れるの?」

ジョミーの声は静かに怒っていた。だから本気で怒っていることは容易に知れた。 それも当然だ。ほんの少しでもジョミーが近づこうものなら、微笑みで受け流して受け入れなかったのはブルーなのだから。

「僕のこと好きじゃないんじゃなかったの?」

八つ当たりではない正当な怒りだ。 例えほんの一欠けらの思いでも、ジョミーはブルーが自分のことを好きだということをしっかり受け止めていた。 その一欠けらですらその思いは大きくて、耳を塞いでいても目隠しをしていても知れるほどだった。

「もう、行かなきゃいけないからかな」

背中をさすってやりながら、ブルーは言う。 それは小さな子供に言い聞かせるそれのようで、ジョミーは一層声を固くした。

「だったら最後まで我慢してください。どうして今更、僕には触らせなかったくせに、どうして自分ばかっりなんだあなたは!」
「うん、ごめんね」

言葉だけは優しく、腕の力は欠片も緩めないでブルーはジョミーを宥める。 謝ればなんとかなると思っているでしょうと、ジョミーはその腕に反抗する。 大人しく抱き締められながらも、素直に身を預けていても、震えは止まらずジョミーは抗っていた。

「ブルーは嘘つきだ」

必死でブルーを掻き抱く指の強さが、ジョミーの我慢の長さと比例している。

「ブルーは嘘つきだ」

ジョミーは何度も何度も繰り返しブルーを責めた。 うん、そうだねとその一つ一つにブルーは肯き返した。

驚くほど、二人の間には何もなかった。出会ってから15年間、言葉で交し合うこともなければ、手を握り合うことすら、なかった。

「どうしてなんか聞いてあげない。言い訳なんかさせてあげない」

ぼたぼたこぼれる涙をブルーの肩に押し付けて、ジョミーは嗚咽を漏らしながら呟く。 ごめんねとブルーは謝ることしか出来ずに、金色の髪に頬を擦り寄せた。

「何もなかった方が、ずっと残れると思ったんだ。 君が何もなかったと悔いてくれれば、それだけ鮮やかに残れると思ったんだ」
「あなた、勝手すぎる…!僕を舐めているんですか?!」

ジョミーはブルーの背中を叩く。何度も、何度も、言葉にならない代わりに。 拳で叩かれる度にジョミーの気持ちがこぼれ落ちてブルーの肩を濡らす。

「残りたかったんだ、君の中にだけはどうしても」
「だったら最後までそうしてください!なんで出来なかったんですか、あなたソルジャーブルーでしょう?!」

意思の人でしょうと、ジョミーはその不実を責める。 ああ本当にそうだと、ブルーも思った。いつから自らで課したことを遂行出来ないほど、弱くなってしまったのだろうか。 ブルーは笑うことしか出来なかった。

「今更触らないでください。どうして今なんですか、そんなにも僕を傷つけたいんですか? そこまでして僕の中に残りたいんですか。そんことしなくても僕は……!」

ああ、酷いことをしているとブルーは思った。 どれだけ責め立てても、優しい彼は決して口にはしないがブルーにはもう時間がない。 目覚めたとはいえ、尽きかけた命だ。 長くはない時間の中で、未来を見せずに、 続いていく時間を一人で歩いて行かなければならないジョミーにほんの一瞬でも希望を見せることは残酷以外の何ものでもない。 結果的に、ブルーは何よりも鮮やかにジョミーの中に残ることになるだろう。 謝ることではとても足りない。贖うことはとても出来ない。 すべてを話すことが必ずしも誠実とはなりえないが、ブルーはもうそうする以外に方法を知らなかった。

「君があまりにも、大人になっていたから。 そうなるよう仕向けたのは僕なのに、どうしようもなく君は大人になってしまっていたから」
「惜しくなったとでも言うんですか?」

顔を上げて挑発的に笑うジョミーを、眩しいものを見るようにブルーは見下ろす。 かつて14歳だった少年は、とっくに泣くことしかできない子供を卒業してブルーを睨んでいた。

「昔の君ならそんなことも言えなかったのにね、ゼルにでも鍛えられたかい?」

逸らせない瞳を誤魔化すよう冗談めかすと、ブルーは一際強く背中を叩かれた。 その痛みに笑みをこぼしながら鼻先でジョミーの頬に触れて、その温みに深く息を飲んだ。 涙で冷えた頬を温めてやれればといつまでも頬に寄せた。

「本当に、本当に、君のことが大切だったんだ」

「残りたかった」はずの思いが「残したくなった」ことへの変化に、 ジョミーを強く抱くことでしかブルーはその思いを逃がすことが出来ない。 搾り出す思いを、もう一度同じ言葉に乗せる。もう捧げられるものなど何もない。 そんなブルーにジョミーは、爪を立てて叫ぶように言うのだ。

「今更愛してるなんて言わないでください」

どうしようもない思いに捕らわれて行き先を変えたブルーが言葉の裏側に潜ませた思いまで、ジョミーは掬い上げてみせる。 そんなことはお見通しだと言わんばかりに、ジョミーは強く強くブルーの背中に爪を立てた。もうブルーは、降参だった。

「今更じゃないよジョミー。僕は心の奥で、ずっとそう言っていたんだ」

あなたは馬鹿だと、ジョミーは泣いた。 僕は馬鹿だねと、ブルーも喉を震わせた。

「中途半端でごめんよジョミー」
「僕だって、覚悟してたんです。あなたがそう望むから、僕だって心臓が止まるぐらい辛かった……!」

ブルーがジョミーを一人で生きていかせなくてはならないことを案じているなら、 ジョミーもブルーをたった一人で逝かせることに唇を噛んで堪えていた。

本当に馬鹿ですと、ジョミーはもっと泣いた。

さよならのときは近づいている。 触れたものを手放さなくてはいけないのはもうすぐなのに。 まだ、もう少しだけ、お願いだから。 そんなささやかな願いを抱くことをどうか。


2007/10/09