ジェリービーンズの誘惑
ものすごい剣幕で青の間を訪れたジョミーの第一声は、 ここ数日毎日のように繰り返されたものと同じだった。 彼の意識は探ろうとしなくとも、この艦内のどこにいても分かってしまう。 もちろん彼がここに来ることを予想していたブルーは、特に動じた様子もなく笑 顔で迎え入れた。 ブルーが食事というものをしなくなってもう随分と経つ。 本当に極稀に栄養剤のようなものを摂取してはいるが、 基本的にはそこまでの食事というものはあまり必要ではないのだ。 しかし何度必要ないと言い張っても、リオなどは律儀に毎日食事を運んでくる。 本当に申し訳なく思いつつも、毎回そのまま手をつけることなく返してしまう。 いったいどこで気がついたのか。 自分が食事をしないことをジョミーに知られてからというもの、 返された食事を目にするたびにこうして彼は青の間へと駆け込んでくるのだ。 「やあ、ジョミー。今日も元気が良いね」 ベットからゆっくりと身体を起こすと、 全身から怒りのオーラを放つジョミーの様子を微笑ましく思いながら、身体を彼 の方へと向ける。 「やあ…じゃ、ありません! あなた、ただでさえエネルギーぎりぎりで生活しているんですよ! そのあたりきちんと自覚してるんですか? せめて少しぐらいは口にいれるとか、他から摂取する努力をして下…さ……い」 ジョミーはブルーの元へと足早に近づきながら、強い口調で言う。 が、次第にその語気を落とすと、もう何度繰り返したか分からないため息をつい た。 「あなた……。分かっていてそんな顔をするんでしょう。 僕があなたのその表情に弱いのが分かっていて」 ジョミーはやがて諦めたようにブルーの方を見、 彼の表情を改めて目にすれば結局怒ることもできず、ささやかな抵抗として軽く 睨みつけるようにして言った。 本当にすまなそうに……といっても絶対に本心ではないだろうが…… というような困った表情を浮かべられてしまえば、それ以上強く言うこともでき ない。 あれを多分意図的にやっているのであろうから本当に性質が悪い。 睨みつけても特に効果があるわけでないのはもう既に分かっていることである。 ジョミーは再度ため息をつくとブルーから視線を外しかけ、 ふと鼻についた香りにその動きを止めた。 「あれっ、ブルー今何か甘い香りが…」 かすかに届いた香りに、ジョミーは再び視線をブルーへと戻した。 そのまま更にブルーとの距離を縮めると、スッ…っと顔を近づける。 鼻がぶつかるかと思うほどに顔を近づけてくるジョミーの行動には、 流石にブルーも驚きで軽く目を瞠る。 そんなブルーの様子を気にすることもなくその香りの正体を探っていたジョミー は、 自分の考えが正しいことを確信した。 顔を近づけたことで、より確かに彼から香るその甘い匂い。 それを確認すると、有無を言わせる間もなくブルーの横にある枕をひっくり返し た。 「ま…豆?」 彼の枕の下から取り出した箱を開けてみれば、 そこには色とりどりのジェリービーンズがいっぱいに入っていた。 箱のふたを持ったまま、その中身に疑問符を大量に浮かべているのであろうジョ ミーを見て、 ブルーはついに堪えきれない笑いをもらした。 その声で我に返ったジョミーは慌てて箱を置く。 「これ、お菓子ですよね? まったく、こんなモノを食べるならきちんとした食 事を…」 照れを隠そうと強い口調で言い募ろうとした言葉は、 ブルーによって口に放り込まれたモノの所為で遮られた。 いきなりのことに目を丸くして自分を見るジョミーに、 ブルーは悪戯が成功した子供のように笑みを深くする。 「ほら、美味しいだろう! ジェリービーンズと言ってね。青いのはソーダ味な んだ」 ブルーはジョミーの口に入れたものと同じものを取り出して見せると、 それとはまた別のモノを箱から出し、明かりに透かすようにして持ち上げる。 「色もたくさんあって綺麗だろう。 これなんて木漏れ日のような君の髪の色だ。 爽やかなレモンの香りで甘酸っぱくて…本当に君みたいだね!」 そう言いながらブルーは、持っていたビーンズを楽しそうに自分の口へと運ぶ。 「うん、美味しい。」 もう一つ…と箱に手を伸ばすブルーを止めることもせず、その動作を只見ている ジョミーは、 笑顔でさらりと言われた言葉を反芻し一気にその顔を赤く染めた。 こ…この人はなんでこう恥ずかしげもなくそんなことを…… ジョミーは内心で動揺しながらも、なんとか反撃しようとその口を開く。 「そ…、そうですか。確かに甘くて美味しいですよ。 ソーダだなんて、口に入れた瞬間に溶けてなくなってしまうような感覚と言い、 本当にとらえ所のないあなたみたいですね!」 言いながらも恥ずかしさが勝ってしまい、どうしてもブルーの方をまともに見る ことができない。 そんなジョミーの様子が可愛すぎて、 悪戯心を再びおこしたブルーはすぐ前にあった彼の腕を軽く引き寄せた。 その軽い動きにも、特に構えもしていなかったジョミーはなんの抵抗もなく、 そのまま身体ごと引っ張られた方へと倒れこむ。 えっ、と思う間もなく近づいたブルーの顔に赤くなった顔が更にその赤みを増す 。 そして強い意志を映す鮮やかな紅を隠すように静かに閉じられた瞳を意識する間 もなく、 ジョミーの唇は柔らかな甘さと暖かさに包まれた。 思いがけないことの連続に頭がついていかないジョミーは、 その息苦しさに思わず口を開く。 っと、そこからスルッと柔らかなものが入り込む。 「ん……っふ………っ」 ゆっくりと味わうようになぞられる舌の動きに、次第に身体中の力が抜けていく 。 逃げる舌も絡めとられ、弱い粘膜を刺激されれば、 そのあまりに強い快感に目の前真っ白になり、熱で頭の中がぼーっとし始める。 「んぁっ……っ……」 巧みな舌の動きに翻弄され、その気持ち良さと甘さに酔ったように頬を上気させ 、瞳を潤ませる。 縋りつくようにブルーの胸へと身体を預け、更に強くなる快感の波に必死に耐え る。 何も考えられなくなりそうな薄れかけた意識の奥で、 不意に感じたレモンの味にジョミーは一気に意識を取り戻した。 と同時にブルーの胸を強く押し退け、勢いよく彼から離れ距離をとる。 「なっ…な、な、な、な……」 そのまま力なくズルズルと床へと座り込むと、今だ整わない息のまま同じ言葉を 繰り返す。 ブルーはそんな様子のジョミーに気づかれないよう小さく笑う。 「ソーダ味もなかなか美味しいのだね。今度はそれにしよう」 そう言ってまたお菓子の箱へと手を伸ばす。 「な…っ、何するんですかー!」 何もなかったようにまたお菓子をつまむブルーの姿を見ながら、 ようやく出せるようになった声で叫ぶ。 「何って。折角だから味見させてもらおうと思ってね。 君も僕の食べたレモン味が分かるし、一石二鳥だろう」 そう穏やかに笑うブルーの姿に、ジョミーはついに怒りを爆発させた。 「あなたなんて……あなたなんて大嫌いだ! もう勝手にすればいいです。栄養不足で倒れたって知らないんですから……っ」 怒りか恥ずかしさか……真っ赤になりながら今にも泣き出しそうな表情で怒鳴り つける。 そして言うや否や足音も荒く部屋から出て行くジョミーを、 ブルーは困ったような表情で見送った。 けれど、ジョミーが出て行った後、そんな彼の素直な反応の可愛らしさに、 思わず堪えきれない笑みを浮かべてしまう。 シャングリラ中に伝わるのではないかというジョミーの思念の強さに、 ブルーも流石にその笑みを苦笑に変え、やりすぎたことを自覚したのだった。 『リオ、ここ数日彼を見ていないのだが……』 いつものように手を付けられていない食事を片付けるために部屋を訪れたリオに 、 ブルーは寝たままの状態で静かに思念で声をかける。 ジョミーはどうしたのか?というニュアンスを強く言外に込められたそれに、リ オは片付けていた手を止めた。 どこか拗ねた子供のように憮然とした意識を送りつけてくる彼に、 リオは少し呆れたような表情浮かべながら向き直った。 『ソルジャー、確かにあなたの何も手をつけていない食事をわざと彼に見せたの は僕ですが…』 そこで一瞬言葉を濁す。 本当の事を言えば、ブルーの元へこうして毎日のように食事を持ってくるように なったのは、 ジョミーがこのシャングリラへと来てからでなのである。 『ジョミーに来て欲しいのでしたらこんな回りくどいことをせず、 素直にそうおっしゃったらどうですか? こんなことを続けると本当に彼に愛想尽かされますよ』 数日前の強力な思念波や、未だに青の間を含め、 ブルーに関するモノをことごとく避けているジョミーの行動がリオの脳裏をよぎ る。 そんなジョミーを可愛そうに思い、リオは自分達の指導者である彼にささやかな 忠告を述べておく。 が、きっとこの我らが長はそんなジョミーの努力もなんのそのと、自分の思う通 りに行動させるのだろう。 次はコレが……いや、こうすれば…… 先ほどまでの態度は何であったのか。 あれこれとジョミーが自分の元を訪れるネタを考え始めたブルーを横目に、 リオは今はこの場にいないジョミーへと密かに同情の思念を送るのであった。
2007/10/13 |