■ 二人だけの秘密■(良守)
「お前転校するんだって?」 「うん……。父さんが転勤になるから」 「どこ行くの?」 「イギリス。多分五年ぐらいは帰ってこれないって」 「へー、じゃあお前英語喋れるようになって帰ってくんの?格好良いな」 墨村君は呑気に笑った。 そのにやけた顔に、私は少し腹が立つ。 「墨村君は、私がいなくなって少しは寂しい?」 私はなけなしの勇気を振り絞って聞いた。 「そりゃ寂しいさ。給食のコーヒー牛乳も貰えなくなるしなー」 しかし返ってきたのはピント外れの答え。 私の存在はコーヒー牛乳並みなのか。 分かっていたことだけれど、やっぱり腹が立つ。 「ねえ、お餞別貰ってもいい?」 夕日の逆光で、墨村君には私が今どんな顔しているかは分からないはずだ。 一世一代の大勝負だ。 「か、金ならないぞ」 驚いたように後ずさる彼の肩を捕まえて。 私は目を閉じて唇を押し付けた。 初めて触れた男の子の唇は少しがさがさしていて心地いいものではなかったけれど。 「バイバイ」 顔が赤いのは夕日の照り返しのせいだし、泣きそうなのは放課後の教室があまりに寂しいからだ。 墨村君が見ている人がいることは知ってる。 だからこのことは。 「二人だけの秘密ね」 私は精一杯の笑顔を浮かべた。 上手に笑えているだろうか。 呆然としている墨村君を置き去りにして私は教室を走り出る。 「ばーか」 夕日が眩しい。 私はとぼとぼと帰り道を辿り、転がる小石を思いっきり蹴って涙を拭った。 (恋する五題)
配布元:capriccio
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