■閉じたつぼみにくちづけを■(翡葉)


まだ靄のかかる早朝。 彼女が早起きなのは知っていたけれど、翡葉はその時間に居合わせたことはなかった。 彼女は起きぬけの寝巻きの上に羽織を羽織って、庭先に立って方肩を震わせながら白い息を吐いていた。


薄く明け始めた空。落ちる月、昇る太陽、遠ざかる星々。 それらを見送る彼女の横顔から目を離せずにいると、彼女はまだ固く閉じたままの椿を両手で包みくちづけをした。


睫毛が伏せられた瞬間すら逸らすことが出来ずに翡葉はただ見とれていた。


まるで椿の紅が移ったかのように、彼女の唇は濡れたように紅。 花開いた椿の数が、彼女のくちづけの数と同じようで翡葉は見てはいけないものを見てしまった気がした。


声も掛けられずただ呆然と立ち尽くしながら、翡葉は彼女が美しい人だったと、初めて知った。


(アイ・レット・ユー)

配布元:キンモクセイが泣いた夜